「いつも青春は時をかける」
ソニー・マガジンズ「REBOOT」第2号(07年7月発売)
「いつも青春は時をかける」は、映画『時をかける少女』のキャッチコピーです。
私にとっては、映画に出演した5年間は、まさしく青春そのものでした。
そして、その映画の1つ1つは、懐かしさの詰まったアルバムのようなものです。
今日はそのアルバムの写真の何枚かを、皆さんにご紹介させていただきます。
純粋に映画を楽しむためのエピソードではなく、むしろスポイルすること請け合いなので、まだ観ていない方は読み飛ばすことをおすすめします。
■ねらわれた学園
オプチカル満載のこの映画は、そのため全シーンがアフレコとなり、撮影が終わったあとも、何日も録音スタジオに通ったことを覚えています。
自分自身の吹き替えをするというのも不思議な体験ですが、演出上の理由でセリフを変えたために、何カ所か口と合っていないシーンがあります。
ちなみに、初めてカメラの前に立ったのは、部活を禁止された関耕児がこっそり家を抜け出し、遅刻の言い訳をしながら体育館に入ってくるシーンです。
まだビジュアルのイメージが固まっていなかったためか、かなり派手なメイクをしており、まるでインド映画の役者のように見えます。
クランクイン前に撮影したポスターも、同じように「濃い」メイクになっており、私とひろ子ちゃんの周りを剣道の面をつけた人が囲むというビジュアルは今でもDVDのパッケージに使われているので、目にするたびに苦笑してしまいます。
家を抜け出すシーンの方は、しばらく後に撮影したため、メイクがおとなしくなっており、この対比はかなり楽しめます。
吹き替えとともに、興味のある方はチェックしてみて下さい。
■時をかける少女
芳山和子が「誰かがいた」という理科室を確かめようと、先生と一緒に学校の廊下を歩くシーンがあります。
カメラは全員の足元を映しているために、撮影用のレールが敷けず、カメラマンが車椅子に座り、スタッフが歩くスピードに合わせてバックさせながら撮影をしました。
こんな仕掛けをまったく知らなかった私と尾美くんは、「何で撮影現場に車椅子があるんだろう?」といぶかしげに思いながらも、待ち時間の退屈を紛らわせるために、廊下を走らせて遊んでいたのですが、勢い余って転倒してしまいました。
幸い車椅子も壊れず、衣装も汚れず、右手の甲にすり傷をつくっただけで、スタッフにバレずに済んだ……と思いきや、次の撮影が私の右手のアップからだったのは、神様の罰が当たったとしか思えません。
すました顔をしている教室のシーンは、すり傷に気がついたメイクさんに、傷口にドーランをたっぷり塗られてしまい、その痛みに耐えながらのものだということを、おわかり下さい。
そして、左手にも隠れたエピソードがあります。
未来から来た深町一夫は、現代の人間にしか見えませんが、腕時計だけは未来から持ってきたものを使っているという設定でした。
小道具さんが非常に凝ってギミックをほどこした、今で言えば特撮ヒーローの変身道具のようなものだったのですが、ほとんどカメラには映っていないため、幻のグッズで終わってしまいました。
あまりに丁寧な細工があったために、撮影が進むにつれてパーツが欠け、塗装が剥がれ、最後の方は市販のデジタル時計に戻ってしまいました。
10年後に、未来から戻ってきた深町が、この腕時計をしていたかどうかは、皆さんの目で確かめてみて下さい。
私も覚えていないので。
■天国にいちばん近い島
タロウワタナベと桂木万里の出会いのシーンで、タロウは曲がった万里メガネのツルを直そうとして折ってしまいます。
スペアのフレームを用意して何度もやり直しましたが、NGが重なるうちに、無意識にフレームをねじ切ろうとしていたらしく、スタッフに「折るんじゃなくて直すの!」と怒られました。
一方で、猛スピードでトラックを走らせ、ギリギリまで幅寄せして、一瞬のうちにポストにささったフランスパンをピックアップするという、スタントマン顔負けのシーンは、見事本番一発でOKになりました。
非常に残念なのは、本編ではそれがカットされていることです。
市場で再会するタロウと万里――「時をかける少女」にとても似ているシーンがあります。
和子が植物採集に出かけた深町を追いかけて、断崖絶壁で出会うというシーンです。
万里と和子のセリフも同じで「会いたかった」です。
この類似点に気がついた私と知世ちゃんは、当時のセリフを思い出しながら、
「深町くん、会いたかった」
「芳山くん、どうしてここに?」
などとやってみました。
「時をかける少女」と同じスタッフの方も多かったために、本人たちによるパロディ劇は大爆笑を誘いました。
インターネットのおかげで、二度と見られないと思っていた映像やエピソードが手に入るようになり、さまざまな意見や感想を目にすることができるようになりました。
私がかつて映画に出ていて、それをいつまでも覚えてくれている方がいるんだなあというのは、幸せなことだと今さらながら実感しています。
ありがとうございました。